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*お知らせ*

★単科講座のお知らせ
*岐阜・本部 6/17(読解満席)・24,7/8
*名古屋・熱田教室 6/10,7/1(満席)
午後1時~2時半/作文講座、午後3時~4時半/読解・意見文講座
1講座 3,000円 (2講座連続受講可能)

★夏期講座(詳細はブログ内の記事をご覧ください)
・本制作コース 7/25~8/30の水木金の夕方からの岐阜本科にて
 計5日間で14,000円
・夏期特別読解講座 岐阜 7/22,23,8/5,6 名古屋 7/29,30,8/12,19
午後1時~4時半 1日6,000円
お申し込み・お問い合わせは教室のHPよりお願いいたします。
皆様のご参加、お待ちしております!
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2018年夏期講座のご案内②読解・意見文コース [お知らせ]

夏季講座のもう一つのコース、
「じっくり読解、じっくり作文」(読解・意見文コース)
のご案内です。

いつもの単科では、90分で「読解・討論・作文・コメント」を行います。
研究室の講座が、他の作文教室と最も違う点はたぶん、
「読解」と「討論」時の深め方です。
この時間を密に持つから、作文が変わっていきます。
よって、ついつい作文の時間が短くなりがち・・・。
本科なら、80分丸ごと読解と討論に用い、
翌週の80分でしっかりとテーマに切りこんでいく作文に向かう、
ということができます。
でも、単発の単科は「その時間内にすべて終わらせる」のですから、
連続して取り組むことができません。

単科でも、もっと深く考えてみたい、
もっと多層的に文章を書けるよう時間を取りたい、
ずっとそう思って指導してきました。

それで今年、いわゆる「感想文」を仕上げる講座はやめにして、
読解と作文に十分に時間を取るコースを作ることにしました。
感想文のように、ある程度形を整えて書く経験も持ってもらいたいのですが、
形を整えるのは、いつからでも、どこででもできます。
しかし、「なぜ?」と何度も考えたり、
登場人物の行動に、人間の本質を見ようとしてみたり、
話の中にあることと、現実の私たちの社会とを重ねて見てみたりするのは、
そう簡単には身につかないことですし、なにより、そういう場がめったにありません。
「型」を習得しても、型に入れる考え方やテーマがなかったら、
文章は薄っぺらい、ありきたりの、誰の心にも残らないものになってしまいます。
それではせっかくの「型」が生きません。

だからこそ、小学生中学生、高校生の今から、
始めてほしいと思うのです。
形が整わなくても、多少間違いがあってもかまわないから、
「物事を深く考えて書く」機会を皆に持ってもらいたいと思います。

この講座は、挑戦してもらうための講座です。
うまくまとめたり、感想文として仕上げたりはしません。
物語を深く読み、言葉や展開や人の行動の中に
その時の自分が考えねばならないテーマを見抜き、
「なぜ?」と問い、定義づけては反証し、
そして精一杯の言葉で、語るべきことを語る機会にしていきます。

日時:岐阜7/22、23、8/5、6
   名古屋7/29、30、8/12、19
         午後1時~4時半(5時まで延長の場合あり)
対象:小3以上、定員10名ほど
受講料:1日6,000円(2日間以上受講の場合は、合計額から1,000円引)
課題例:「注文の多い料理店」「蜘蛛の糸」「白雪姫」「ピノキオ」(変更の場合あり)
※受講の方は、事前に課題作品を読んでおいていただくことがあります。
講座の前半は全員で物語の読解と討論、後半は作文。
途中15分ほどの休憩あり。


お申し込みは、研究室のHPからお願いします。
この夏季特別読解講座に、皆様のご参加、心よりお待ちしております!


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2018年夏期講座のご案内①本制作コース [お知らせ]

あっという間に6月です。
まったく更新しないまま、6月です。
こんなんじゃいけないなぁとかなり強く思ってはいるのですが、
情けないことに、ブログ以外のことをつい優先しがち。
まぁ、こんな言い訳はよして、お伝えすべきことにさっさと移ります。

夏休みの講座について、ご案内です。
今年は、昨年度まで行っていた「感想文講座」を実施しないことにしました。
今年は以下の2タイプの講座を開きます。
*「長い物語を書いて本にしよう!」(本科の時間帯に特別参加)
*「じっくり読解、じっくり作文」(単科の読解講座を2コマ連続実施)

では、詳細です。

「長い物語を書いて本にしよう!」(本制作コース)

岐阜の本科(水・木・金の夕~夜)では、
長編の物語制作に取り組みます。
物語に登場する「人・時・場所」をあらかじめ細かく設定、
話の骨組みを作り、
本書き(随時推敲)
製本(和綴じの予定。人によって変更有)
の流れで行います。

創作文は、文章の中の最高峰と考えてよいほど、
創意工夫が求められます。
想像力はもちろんですが、描写力、構成力、
筋道立てて考える力、全体を見通す力、
普段研究室で培っている力全てを用いて臨まねば
「読ませる」作品にはなりません。
なにより、一つの世界に1ヶ月ほどずっと向き合っていくのですから、
考える耐力もつきます。
夏休みに本制作を行うと、不思議なことに
2学期以降の表現が変わる人が多くいました。

よって、学校があるときはなかなか本科に参加できないけれど、
夏休みくらいは通ってみたい、とお考えの方!
ぜひ「夏期特別本科生」としてご参加ください。
定員は各クラス10名ほど。
本科生の席が優先されますので、
曜日によって空き状況が違います。
関心をお持ちの方は、一度お問い合わせください。

期間:7月25日~8月30日の水木金(15・16日は休み)
クラス:水曜午後5:30~6:50(空きあり)
    水曜午後7:00~8:20(若干名)
    木曜午後5:00~6:20(空きあり)
    木曜午後6:30~7:50(空きあり)
    金曜午後5:30~6:50(空きあり)
※基本的には、同じ曜日の同じクラスにご参加いただきます。
期間中、週1回おいでいただくと計5回の受講になります。
もちろん、それ以上の回数の受講も可能です。
またご都合の悪い日は、事前にお知らせいただければ、別のクラスに振替します。
お申し込みは、4回以上の受講から受け付けます。

受講料:14,000円(5回分。1回追加で+3,000円)
※本科生と同じ金額です。

せっかく本にするのですから、
中身には、もちろんこだわってもらいます!
人物を決めたら、名前、年齢、性別・性格はもちろんのこと、
「家族構成・得意不得意なこと、住む家は持ち家かマンションか、
どのくらいの規模の町にすんでいるか、学校は何クラスくらいあるか、
部活に入っているか、好きな子はいるか、・・・
などと、「本当に生きている人間」と同じように感じるまで、想像してみます。
考えたプロフィール全てを物語の中に入れるわけではありません、
しかし、登場人物を「人」として感じてほしいので、
一度はそういうことを考えてもらうようにしています。

というのも、お話を作るとときどき、
作者の都合のよいように、人を動かしてしまうことがあるからです。
引っ込み思案な子が、突然こともなく敵に立ち向かっていったり
高所恐怖症として考えていた子が、すっと苦も無く木に登ったり。
現実ではそういうことは起きません。
引っ込み思案が「立ち向かう」ときは、
それなりの理由や覚悟があってのこと。
そこをちゃんと描かなければ、
「都合のよすぎる自分だけが楽しい話」になってしまいます。
ですから、書きだす前の骨組みつくりにはきちんと時間をかけます。
書いている間も、「うれしそうに」「さむそう」などと
安易に一言で終えないようにと伝えます。
「うれしさ」「さむさ」を、人の行動や表情で描き、
読者に読み取らせるように書きます。
(あまりに簡単に終えてしまっている場合は、
その部分書き直し!なんてこともあります)

ね、「表現力」、磨かざるをえませんね。
そうやって1ヶ月以上かけて仕上げる「世界にたった1冊の本」です。
時間がある小学生中学生の頃にしか作れないかもしれませんよ!
今年の夏は作家となりに、本科においでになりませんか?
皆様のご参加、お待ちしております!!
お申し込みは、研究室のHPから! → ことばの泉 作文研究室

次回は、「じっくり読解、じっくり作文」についてご案内します。


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悪口作文への対応・・・どうする? [作文の読み方・返し方]

GWですねー。
去年の今頃は内覧会直前で、バタバタとしていました。
今年は…、目の手術も済んでほっとしています。
ですが、今まで使っていた眼鏡の度が合わなくなってしまって、
相変わらず「よく見えないなー」と言いつつ、すごしています。

さて、前回「作文指導を志す人に何か伝えていきたい」と書きました。
書いたままではなんなので、
この間ちらっと意見を求められたことがあるので、
そのことについて書いてみようと思います。

子どもと作文に取り組んでいると、
たまに「嫌だと思っていること」を滔々と書き並べる作文に出合います。
さて、こういう場合どうするか。
働きかけに正解はありません。
時と場合とによるのは当たり前ですからね、
「~すべき」と一つ方法を示したところで、必ずうまくいくものではありません。
ですから、これから書くことは、
「私(宇野)が心がけていること」の紹介です。
その点をご承知いただき、お読みください。

「ここまでけちょんけちょんに言ってもいいの?」と思うくらい
人や物事のダメなところ、嫌なところを書き連ねた作文を
子どもが出してきた場合。
私が「しないこと」は、まず、
「でも、〇〇さんは~と考えていたかもしれないでしょ」
「~と考えた方がよくない?」
と、ネガティヴなものの見方を「すぐに」ポジティヴな見方に
転換させようとしないこと、です。
大人は、相手のネガティヴさを捨てさせよう、
ポジティヴな見方に気づかせようとすることがあります。
もちろんそれには理由があって、
ネガティヴな考え方や言葉が、
対象となる相手や物事よりも、それを持つその人自身(自分自身)を蝕み、
苦しみが続く(またはもっと大きくなる)ことを経験的に知っているからです。
大切な人に(子どもに)は、そんな思いをしてほしくない。
だから、ネガティヴな見方から早く離れてほしくて、
別の見方を提示したり、
嫌だと言っていることの重要性を説いたりします。

ですが、ここで注意してほしいのは
「作文指導は思想教育ではない」という点です。
「こういう見方が『良い』ものなんだよ」と伝え、
「そうか~」と気づかせることが作文指導の目的ではありません。
少なくとも私は、そう考えています。
だから一足飛びにネガティヴをポジティヴに置き換えるような働きかけはせず、
「この人は何故今、このような言葉で、このようなことを紙に書いたか」
を考えます。
書き手の読解です。
書いた内容を変えさせる働きかけはしません。

例えば、私は何を見る・考えるかというと、
・作文に向かうまでのその人の表情・言動から、どのくらいその気持ちが今のその子を占領しているかを見る
→本当につらい中にあるのか、それとも書くことがないので、昔のことを(心の中では終わっていること)を引っ張り出して、大きく書いているのか、またはもう終わったことなのに、思い出すとまるで今日のことのようにつらく感じるタイプの人なのか 等々
・人との関係において、何を重要視しているのか、その人の正義感や価値観を見る
→単に乱暴な言葉を書き並べているだけか、「ここがおかしい!」とその人なりの理屈があってのものか、本心ではなくノリで大げさに書いているだけ、もしくは誰かの受け売りをそのまま書いているだけか・・・、何度も同じ言葉が繰り返されているとか筋道だっている/いないとかで見ていく。

自分にとって嫌なことを書く子どもは、書きだす前に「書いてもいいか」と
尋ねてくることが多いものです。
「こういうことは書いてはだめ」と言われるからでしょうね。
講座では、「他人に対して(自分に対しても)直接愚弄罵倒する言葉は用いない」としていますが、
嫌だと感じていることを書いてはいけない、とはしていないので
「書いてもいいよ」と答えます。
でも、「私はあなたが嫌だと思うことを嫌とは思わないかもしれないから、
どこがどう嫌なのか、伝えてほしい」と言います。
「そうしてくれたら、あなたが『いや!』と思うことを、私も同じように思えるかもしれないから」

それで、嫌なものが「人」だった場合は、
その人の、どんな表情が、どんな声が、どんな態度が嫌だと感じるのか、
眉のあげ方か、においか、歩き方か、
どんな時にどんな言動をとって、
それをどうして「あなたは」おかしい、と感じるのか、
言語化してみてほしいと伝えます。

嫌という感情に振り回されていたら、これらは書けません。
ちょっと身を離して人や物事を見ることが求められます。
何をどう描いていく人なのかが、最大の着目点です。
「自分にとっての当たり前」を優先させていて、
他者の感じ方を全く加味しようとしていない文章だったとしても、
それは「今のその人がそうだ」ということで、
「これからずっとそれが続く」わけではありませんね。

経験から言えば、
「嫌なこと」を書き続けられる人はいません。
その人自身がまず飽きます。ネタも続きませんしね。
ですから、仕上げた作文1点だけで判断しないことも大切です。
もし同じように悪口を発展なく書き続けていたら、
「読み手の私は飽きた!」と伝えればいいのです。
嫌なことだけでなく、いいことでも同じ。
ほめられた書き方をいつも使おうとする人もいますが、
「ねぇ、こう書けるのはわかった。前に見たしね。
違う(表現の)引き出し使ってみてよ。
あるのに使わないのはもったいないよ。さびついちゃうよ」
と私はよく言います。

子どもの作文は、通過点の一つです。
ああすごいな、と思うものを書いても、
しばらくするとその人の力が以前よりついてきて、
前と同じようでは物足りなくなります。
「これはあまりよいとは思えないな?」と感じる作文も同じ。
今、子どもがそれを出してきたのには理由がありますが、それが全てではないのです。

悪い時ほど、内容についてのダメ出しはせず、
今回そう書かねばならなかったその子の状態について考えます。
文章の中に、その子なりの哲学が感じられれば
「そうか、君はこの点を最も大切に見ているんだね」と返し、
嫌でたまらない相手の言動を細かく描写した部分があれば
「うわー、こんなふうなんだ。よく見てるねえ。
嫌だと気になるものね、だからこんなに細かく観察できちゃうんだな」と感心します。
(するとたいてい、
「嫌だからほとんど見てない! でも、目に入ってきちゃうんだ!」
とかなんとか言います。)
本当に苦しい状態にある場合は、作文を提出するとき、ぽろっと子どもが
「なんかもう本当に嫌なんだ」とつぶやくことがあるので、
そういうときは、作文返却時に、書ききれなかったその人の思いを聴きます。
でも「こう考えたら?」とは言いません。
本人が「でも私は、~と考えるようにしている」と言い始めることも多いですし。
「そうか」とそれも聞きます。
ただ聴くだけのこともあるし、励ましてほしそうな様子だったら
なんとか切り抜けようとしているその人の姿勢にイエス!を言います。
どちらにしても、文章からその人の「つらさ」が伝わったことは、相手に知らせます。

悪いことは書いてはいけない、ではなくて、
何をどう描いていくか、が表現です。
嫌なことを、どんな言葉でどう描くと
相手の共感が得られるかを考えたり、
「どこがどう嫌なのか」を改めて考えてみることで
「自分が絶対に譲れないもの」に気づいたりします。
その機会が「作文」です。

その人が「自分にとって嫌なこと」をどう描き出したかで、
「今のその人」を見ます。
でもそれは「現時点のその人」である、ということだけ。
「未来」は違うものになるはずです。
自ら「大切なもの・すべきこと」を見出していく力をつけてもらいたいなら、
自問すること、描き方を探ることを続けてもえらる場を作る、というのが
作文指導者の「すべきこと」であるかな、と私は思います。


うわーーーー、長くなった!
ごめんなさい、次はもうちょっとうまく書こう。
言いたいことを分割して載せるようにします。


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春のこと [つれづれ]

ブログを更新しないまま、
あっという間に新緑の美しい季節になってしまいました。
これまでのこと、振り返って少し書いておくことにします。

・春季講座
たくさんのご参加、ありがとうございました!
久しぶりに来てくれた人もいて、うれしいばかり!
そして、「久しぶり」の彼らの文章の中に、
はっとさせられる視点、表現の工夫の仕方が
前と同じように「在る」ことに気づいて
さらにうれしくなりました。

特に懐かしかったのが、岐阜の講座の2日目。
小2から高校まで来てくれていた、創設時のメンバーの一人が
書きに来てくれました。
小2から社会人までが集うクラスになりました。
でもそれが「当たり前」。
それぞれが、それぞれの精いっぱいの言葉で表現してくれました。

・本科
春季講座から続いて、岐阜の本科に入室してくれた人もいます。
ありがとうございます!
新メンバーが加わったクラスは、うきうきした雰囲気。
笑う声の大きいこと!
4月から高校生になった人たちも、そのまま続けてくれているので
水曜夜のクラスは、特に大賑わいです。
それでも質の高い文章は生まれていて、
新年度が始まる日の朝を描いた作文を掲示しておいたら、
ある保護者の方がお読みになって
「こんなふうに一瞬を描けたら、楽しいでしょうねえ!」と一言。
M君、ほめられましたよ!
君の見た光景は、君の知らない誰かの心に映し出されて
その人の心を動かしました。
これからもどんどん挑んでくださいね!

・これからの単科
岐阜
5/20、6/17・24、7/8
名古屋
5/13・27、6/3・10、7/1
今のところどの日にも空きがあります。
13時~14時半/作文講座 15時~16時半/読解・意見文講座
(終了時刻は人によって30分ほど遅れることがあります)
受講料/1コマ3000円
お申込み、お待ちしております!

最近、名古屋の単科には大人も参加しています。
長く学習教室を開いていらっしゃるかたで、
その経験から、国語の力をつけるのがやはり肝心である、
それには「作文」が大事だ!とお考えになられて、
講座に参加くださっています。
こんなふうに、作文指導に取り組む人が増えるといいなあと思います。
作文は、同じ課題でも、指導する人によって変わります。
決して同じにならないからいいのですし、だからこそ難しいとも言えます。
作文指導をやりたい人向けに、何か場を設けられたら、というのが
昨年からの私の願い。
でも、興味がある人いるのかしら・・・?
どんな形で、何を伝えるものにすれば、役立つものになるのでしょうか。
ご要望とかご提案とかありましたらお聞かせ願いたいなぁと思っています。
まあ、私のやり方は少し「めんどくさい」し、
しっかり教材があって、その通りやればいいというものではないので、
「こんなのじゃ役立たない」と言われてしまう可能性もありますけどね.…。

今月末に左目の手術。
視力が早く落ち着いてくれますように。
そうでないと、作文は読めても本が読めないのです!
読みたい本がたくさんあるのに、
ほとんど進んでいません。
でもとにかく、「よく見えない」なら見えない間に、
講座のこれからの展開を考えておくことにします。


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小論文ベーシック講座のご案内 [教室案内]

4月から開講予定の新講座をご案内します。

金曜日午後7時から、高校生以上を対象に小論文講座を開きます。
この講座は、大学の推薦入試で出題される、
小論文や課題作文を書く力を養うクラスです。
ご存じのように、深く考察する力も、それを論理的に書く力も、
そう簡単には身につきません。
試験前の1ヶ月ほどから作文の準備をするのでは遅いと思います。
(もちろん、志望動機の文章も、です)
付け焼刃では太刀打ちできないものであるからこそ、
作文や面接が、推薦入試の科目として用意されます。

「どこでもいい」「受かればいい」と思って受験する人は、
大学にとっては「魅力的ではない人」です。
大学側は明確にアドミッションポリシーを掲げ、
また、ディプロマポリシーやその他の中で、
「このような人材に育成したい」と訴えているのですから、
それらをしっかりと熟知し、
「そうなりたい、ここだからこそ学びたい」と思う人を求めています。
そして、入るための努力を時間をかけてできる人がほしい、と思っています。
だからこそ、作文や面接が課せられます。
提示された熱意が本物かどうか、読めば、あるいは会えば、わかるからです。

小論文講座では、
「ウソがばれない熱意の書き方」はもちろん伝授しません。
大学で学びたいことを1年や2年かけてじっくりと明確にしていけるよう
時事テーマや名作読解、過去の大学推薦入試課題を通じて、
この世界のあり方と問題点について分析と考察をし、
自分はどう生きていきたいか、何に取り組みたいか、を見極めていくことを主体にしています。
それらか自分の中で明確になれば、
装飾しなくても、「ここで学びたい」理由など、自ずとはっきりと示せるようになります。

ですからこの小論文ベーシック講座では、
小論文や課題作文を書くために必要な技術を身につけることと、
深く思考していく力を養うことをねらいに授業を行います。

小論文ベーシック講座が、本科や単科と明確に違う点は3つです。

1 書き直しをする
 自分の文章のよくない癖を知り、修正していく機会を作る。
 より精度の高い文章を「最初から」書けるようにしていく。

2 数週かけて一つの作品を仕上げる
 ただの思いつきの文章ではなく、書く前の分析と考察を十分にとる。
 また、構成を練り、各部の分量を把握した上で作文に臨む

3 自宅で、論じたいことの事例を調査したり、文章を書いたりする
 「調べる・考察する」に時間をしっかりと取る。
 調べて理解することで、社会問題に対する正しい知識を持てるようにする。
 また、「指示されてやる」のではなく「主体的に取り組む」姿勢を持つことを促す。


本科では、宿題がありません。書き直しも、応募作文と入試作文以外はほとんどしません。
しかし、大学や社会で用いる文章は、
間違いはあっても平気、というわけにはいきません。
小論文ベーシックでは、正確で論述力の高い文章を目指します。
他の講座よりは「ダメだし」をされる場面が増えます。
本人自身が「必ず書く力をつける!」と思う気持ちがないと、難しい講座です。

よって、この講座に参加いただく人には、条件があります。


親がやれと言ったから受けたい、という人はお受けできません。

必ず、本人に、「ここで、社会に出てからも役に立つ『書く力』をなんとしても身につけたい」
「大学に合格するために、できるだけの努力をするつもりだ」
という覚悟をお持ちの方のみ、お受けします。

クラスは、課題について集団でディスカッションする時間もありますが、
作文に入ってからは、個別で指導しますので
半個別指導クラスとなります。
よって、定員は6名まで。
高3の人で、夏や秋にAOまたは推薦入試を受ける人は、
夏季休暇前まではこの小論文ベーシックで基礎力をつけ、
夏休みに入ってからは、完全個別指導をご提案します。
その方が確実に力がつきます。


一人の文章を深く読み解き、
よりよい方向に導いていくというのは、
他の学科を教えることの数倍の労力と時間が要ります。
ですからこのクラスと、個別指導については、
本科よりも多く受講料をいただきます。
足元を見ているわけではありません、
実はこちらも本当に、吐くほどつらいときもあるのです。
推薦入試のために本人が50分ほどで書いた文章に、
こちらは3時間5時間かけて、分析とコメントをつけるときが多くあります。
それでもなかなか響かないこともあります。その繰り返しです。
小中学生から本科でやってきた人には、「響かない」なんてことはありませんが
高校生から始めると、「変わる」までにものすごく時間がかかります。

将来的に、推薦入試を考えている人は、
余裕のあるときから、「なんとなく書く」のではなく
「密度濃く書く」機会を持っていくことを強くお勧めします。
上位の大学をねらうなら、なおさらです。

この講座は、半個別指導のため、
参加者のご希望を聞きながら、進め方を決めていきたいと考えています。
ご興味をお持ちの方は、ぜひ一度ご連絡ください。
ことばの泉 作文研究室
のお問い合わせページより、よろしくお願いいたします。


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単科について・・・もう少し [教室案内]

単科について、もう少し書きます。

単科と本科の違いはいくつかありますが、
その中で、単科だからこそ、していることがあります。
それは、作文へのフィードバックを時間内に行うこと。
本科の場合は、終了時刻ぎりぎりまで書く人が多いので、
一度預かって翌週返す、ということも珍しくありません。
1週間空くと、「何書いたんだっけ?」とすっかり忘れている人がほとんどですが、
ちらっと見れば「ああ、これか」と思い出します。
そして、私からの返事を読んで「こう返ってきたか~!」とかなんとか、
まあ、なにやら思っているようです。

単科の場合は、違います。
月1回しか会えなくて、
しかも毎月会えるとは限らないので、
より大きな効果をと考えるなら、
その場で、口頭で、私が感じたことをはっきりと伝えるのがいい、と思っています。

その人なりに工夫を凝らした作文です。
時には、「なんだかよくわからない文になっちゃった」ということもあります。
それを、どう読まれるか。
自分の書いたことはちゃんと伝わったか。
先生はどんな反応を見せるだろう?
子どもたちは、自分の作文が返ってくるまで本を読みながら待つのですが、
作文を、というより、私の反応を待っています。

1か月に1回しか(あるいは数か月に1回しか)会えないのです。
次に会う時まで、私の言葉が心に残るように…!といつも願います。

心から感心したのなら、その気持ちを減らさないで全身で伝えます。
笑えるところは、声をあげて笑います。
よい気づきがあれば、それを読み上げ、「ここがいい!」とほめます。
深めたりないところがあれば、責めるようではなく、
「あなたの言っていることをもう少し深く知りたいから、尋ねる」姿勢で
話を聞き、なるほどと納得し、それなら私はこう感じるけど、どう?と
小さな討論をします。
大切なのは、「悪いところを指摘する」のではなく、
最初の読み手である私が、どう感じたかを伝えることと、
その人の言葉を受け取ることが、
私にとって、とってもとっても嬉しいことである、
ということを態度で見せること、
この2つです。
この姿勢がなければ、たぶん子どもたちは、
私に作文を見せるのを嫌がるようになるでしょう。

そうそう、ほめるときには、
「どこが・なぜ(どんな効果を上げているから)よいのか」
「読み手をどのような気持ちにさせているか」
具体的に伝えるようにしています。
学校やその他の場所でも、その工夫を用いて書いてほしいからでもありますし、
文章は常に読み手の存在を意識して書くべきなので、
読み手がどう受け取るかは、できるだけ具体的に話すようにしています。

お子さんの表現力をつけたい、とお考えのかた。
書き方を教えることよりも、うんと効果的な方法があります。

「よい受け手」となることです。

字の間違いや読みにくさを、最初に口にするような受け手では、
書き手は伸びません。
目の前で、その人の言葉を大切に受け取っていることを「見せる」のですよ。
「なるほど~」「へーえ」「この言葉、すきだなあ」
まずは「受け取る」言葉から入ることです。
そして、どんな字であろうと、
その作文を大切に読み、大切に扱う姿を「見せる」こと。
見ていないようで、お子さんは見ています。
受け手が、書き手の言葉を育てるのです。
受け手次第、なんですよね。おっと、これは自戒を込めて書いてますよ。


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単科について [教室案内]

先日、本科についてご案内したので、
今回は単科についてお伝えしようと思います。

単科は、月1~2回、日曜日に単発で受講いただける講座です。
作文講座と読解・意見文講座の2タイプを用意しています。
(講座の違いについては、HPをご覧ください)

単科は、平日や週1回おいでいただくことが難しいかたのために作りました。
決して、「本科のお試し講座」ではありません。
月1回でも、きちんと働きかけたい、
思考力や表現力を伸ばすきっかけをつかんでもらいたい、
そう思って場を設けています。
月1回でも、続ければ必ず何かが変わります。
現に、名古屋の単科を数年にわたって受講している人たちは、
書くことを通じて自分の新たな面を開拓したり、
表現に向き合う姿勢と真摯な文章を、公の場で評価されたりしています。

単科の面白いところは、小学生から大人までが同じ課題に取り組むところ。
年齢差があっても、誰も気にしません。
名古屋単科では、小学2年生から高校生、最近は大人も受講しています。
年齢差が作る見方の違いに刺激を受けたり、
年齢差があっても、同じ感じ方をしていることに気づいたり。
誰かと比較してどう、ということはなく、
遠慮して発言を控えることもなく。
皆が自立しています。
私は参加してくれる皆を尊敬しています。

日曜日、本当は遊びたいだろうに講座に来てくれるのですから、
学校と同じことや、学校の取り組みを補完するようなものではなくて、
学校という場ではやりにくいだろうことを、しようと思っています。
ですから時に、
「この年齢の人に実施するのは難しいのでは?」と思われるようなものも
用意することがあります。
ですが、私は、子どもたちが
「今・完璧に・理解し・成果として提示できる」
ことを目標にしてはいません。
わかることだけを用意していたら、いつ新しいことに触れるのでしょう?
今はわからなくても、とりあえずよく聴いて、心に残しておいて、
いつか「あぁ、そういうことだったのか」とわかればいい、と思っています。
ただ聴くこと、心に収めておくこと、
それも大事な試みだと思うのです。

言葉や考え方というものは不思議なもので、聞いたから知ったからといって、
すぐに自分になじむものではありません。
「ねかせる」時間が必要です。
文章には反映していないように見えても、
何かがその人の中で蓄積し続けています。
講座90分の中で、必死に聴いて、
一度自分の中に取り込んで、今言えることだけでもいいから用いて書いて、
そんなふうにしていくと、
ふっと、あれ、こんな書き方できるんだ、
こんなふうに語り始めるようになったんだ、
と思える時が来ます。

毎回、その瞬間には言葉を失います。
彼ら、彼女らの飛躍は、私の思うこと以上なのです。
私が何か目標のようなものを設定してしまったら、
この飛躍を見られないだろうし、
飛躍していたとしても、自分の想定とは違う、と気づかずに終わるかもしれません。
「こういうことを考えさせる・気づかせる」
「こういうことをできるようにさせる」
そんなことを勝手に設けずに、
子どもたちの「そのまま」を受け取ることができるか。
私もこの点は挑戦です。

単科は、参加者にとっても、前に立つ私にとっても、
毎回が挑戦の場所です。
でも、「うまく・きれいにまとめて」やるところではないので、
子どもたちは結構気楽にやっていますよ。
私が作文を読んで、いいところを伝えると、
にまーっとして、戻っていきます。

春休みの講座、
「定着」ではなく「新しい自分に挑戦」しに!
来て下さるとうれしいなぁ、と思っています。
毎度毎度長い文章ですみません。
読んでくださった方、お待ちしています!!

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2018春季講座の空き状況① [お知らせ]

春季講座の空き状況のご案内です。

岐阜本研究室での講座、

325日の2講座のみ、空きが23名ほどとなりました。

他の日時は空いています。

参加希望の方がいらしたら、

できましたら29日か30日の講座をご検討ください。

よろしくお願いいたします。

 

名古屋は、

42日が比較的埋まっていますが、どの日もまだ空きがあります。

お申込み、お待ちしております!


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本科でやること ⑤最後に [教室案内]

数回にわたって、本科の紹介をしてきました。
お読みいただいた方、誠にありがとうございました。
 
大学受験のありかたも、学校の授業スタイルも、
転換期をまた、迎えているようです。
記述型のテストが増えるとか、
アクティブラーニングが取り入れられていくとか、
プレゼンの授業も入って(すでに?)いるとか。
でも、「だから作文をやったほうがいいよ」とは私は言いません。
そういう理屈なら、記述型のテストがなくなったときに
「作文はやらなくていい」ってことになります。
評価の中心になってくるから、作文をやる、ということではないですよね。
少なくとも、私にとってはそうではありません。
 
作文に取り組むのは、
これまで書いてきたように、
単純記憶や解法の習得とは違って、
作文が、本当の「思考力」を育むものであるから、
そして、人だからこそできる営みだから、です。
 
AIにはきっと、なかなかできないものです。
文章を作ることはできるようになるかもしれませんが、
個に裏付けされた文章表現なんてAIにはできない、というか、
個性を反映した文章を作ることをAIに求めるのでしょうか?
 
毎週「書く・考える」に取り組むからこそ、できることがあります。
日常的に、思考の実験・表現の実験に取り組む、
だからこそあらゆる力を伸ばせる、
そう考えて本科を設けています。
 
なお、本科では「体験授業」や「見学」はお引き受けしておりません。
「お試し体験」や「ただ見ているだけ」の存在がいると
場が緩むからです。
どうせだったら、たった1回きりになるかもしれないけれど、
きちんと「生徒」として遇し、精一杯働きかけたい、と思います。
よって、本科ご希望の方には、まず単科で、
私の声や言葉、課題への向き合い方を
お子さんご自身に確かめてもらいたいと思っています。
単科に参加して、こういう授業なら続けたい、とお子さんが思ったなら、
保護者のかたも、私という人間に預けても大丈夫、とお感じになられたら、
本科へご入室いただくようにしています。
 
春休みに春季講座を行います。
関心をお持ちいただけたかた、ぜひご参加ください。
心よりお待ちしております。
 
★岐阜
3/25・29・30
★名古屋
4/1・2・3
全日 13時~14時半/作文講座、15時~16時半/読解・意見文講座
受講料/1講座3000円(3講座以上受講の場合は1000円引き)
 
研究室のHPからお申し込みください。
ご参加、お待ちしております!


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本科でやること ④国語の攻略 [教室案内]

中学生主体の本科クラスでは、
生徒が希望するので、国語の問題を用いた指導もしています。

ただ、研究室では、
学習塾で行うような、問題を解く→答え合わせ→解説→別の問題に取り組む
ようなやり方はしていません。
そのやり方では、国語の力は(この場合は点数、という意味ですが)
決して伸びないからです。
ですから、全く違うやり方で実施しています。

何度もお伝えしているように、研究室では点数を上げることを主にしていません。
よって国語の問題を行うときも、

・文章から多くの情報を読み取る力をつける(一読で)
・プロの技を自分の文章に生かす

ために行うのだ、と皆には伝えます。

さて、肝心の指導方法ですが、
まず、本文の最初の3行程度の中から(その先は決して読まないで)、
小説文の場合は、登場人物の年齢・立場・性格・状況等や、
舞台となる場所と時代はどうであるかを皆に捉えてもらうことから始めます。
論説文の場合は、主題は何か、これからどう展開されそうか、
文章のカギとなる言葉はどれか、などを見つけてもらいます。
問題は解かせません。
(塾に行っている人はすぐに解こうとし始めるので、
本文の3行目以降を隠してもらうこともあります)

捉えたことは「かもしれない」でもいいのですが、
必ず考えの根拠となる言葉を、文中から採らねばならない、としています。
根拠を持って読み取りをする、これを徹底します。
それが現代の日本の国語の問題においては、
正答を作るために必要な姿勢なのです。
(私は、今の国語の問題は本当の意味での読解力を量ってはいない、と思います。
限られた文章中にある情報の収集と提示能力を見ているものだと考えています)

上のことに続けて、
問いの文から細かく指示を読み取ることや、
正答例と解答の分析などをしていきますが、
ここで説明しても「さっぱりわからん」と思います。
ので、書きません。(すみません、本科に来て!)

おもしろいのは、年に数回程度しかこの指導をしないのに、
国語の成績がちゃんと伸びる人が多い、ということです。
作文というのは、国語の問題を解くことより
ずっとずっと難しく、多くの能力を必要とするものです。
作文や名作読解に挑んでいるうちに、
「見えない意図を読み取る」「受け手に応じた書き方をする」のが
当たり前になっていくのでしょう、
国語の問題を解くのはその活用で(応用ではない)できるようです。
逆に、「国語の指導がメイン・作文は月1回」のクラスを
1年間だけ作ってみたことがありますが
効果はさほど上がりませんでした。
国語の問題を解くだけでは、
明示されていない指示や文脈を捉える力が育ちにくいのだと考えています。

ですから、「国語の指導だけしてください」という依頼については
お断りしています。
それだけやっても、いただいた受講料の分、
力を伸ばすことができないからです。

国語なんて、本当はかんたんなんですよ。
あ、今の日本の国語の問題、という意味ですけれどね。
出題者の求めに応じて答えてあげれば、マルになります。
しかも、出題者は答えが一つになるよう、文中に根拠を必ず作っています。
答えは一つではない、根拠もなかなか見つからない、という
「文章を書く」ことよりうんとかんたんです。

だから、本当は、
文章を書いてもらえば、その人の「かしこさ」は一目瞭然。
・・・、こわいですね。私も今、文章書いていますものね。
いやはや。やばい、ね。

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