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nakaniwa さんのこと [つれづれ]

研究室の工事中、部屋では打ち合わせができなかったので、
専らすぐ近くのカフェで人に会ったりいろんなことを決めたりしていました。
研究室ができてからは、久しぶりに会いにきてくれた友人や元教室生と、
そのカフェでランチやお茶。
いつもお世話になっています。
いつの間にか、カフェのかたも私の顔を覚えてくださいました。

そのカフェ、nakaniwa さんですが、
とっても美味しいフードメニューが9月末で終了となるそうです。
キッシュ+サラダ+南瓜のスープの大好きなセットがもう食べられないとは!
では食べおさめ、と思って先日訪ねたら、
カフェに漂っていたのはカレーの香り。
その日は香りに負けてカレーをいただきました。

これからは、カフェメニューを充実させていくそうです。
それももちろん楽しみですが、
あのキッシュがいただけなくなるのはやはり惜しい…。
お近くの方、終了前にぜひお訪ね下さいね。

これからもきっとnakaniwaさんにはお世話になります。
居心地のよいカフェが近くにあるというのも、
この研究室を作ってよかったことの一つです。
結構大きな一つですね。
人が丁寧に淹れてくれたものをいただくというのは、
ゆるやかな力をもらえる気がします。

nakaniwa さんのHP
http://pand-web.com/nakaniwa/


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今日はのんびり [つれづれ]

今日は、講義の前に少しお出かけ。
友人の個展が八事のギャラリー ノイボイにて開催されていたので
お邪魔してきました。
ずっと眺めていたくなる色合い、
絵の中の形のささやきあいに耳を傾けずにはいられない作品たち、
そして友人の、ゆったりとした
でも熱のこもったことばの数々、
どれも心にすっと入ってきて
いつもとは違う時間を過ごすことができました。

彼女の作品がどうしても1点ほしくて、
今回のではなく、前の作品の中で小さなサイズのものを1点、お願いしました。
研究室に飾ります。
どこに置くかは内緒です。
楽しみにしていてください。…といっても、少し先のことになりますが。


友人は銅版画の作家、鈴木かおりさんです。
ギャラリー ノイボイのHP
http://www.noivoi.com/index.html
今週末、9月24日までの開催です。
よろしければぜひ、足をお運びください!

image-20170920184959.png

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嬉しい賀状 [つれづれ]

嬉しい賀状をもらいました。
昔、教室に来てくれていた人からの久々の賀状です。

教員採用試験に合格して、春から中学校で先生として働くとか。
合格したことも、もちろん嬉しいのですが、
なにより「教員になる!」との報告をくれたことが嬉しく感じました。

中学の頃から、「僕は先生になる!」と宣言していた人でした。
彼の中学には、こういう先生になりたい!と思える先生がいらっしゃって、
クラス運営の仕方も、勉強への姿勢も、
その先生から学んだ、とよく口にしていました。

念願の仕事に就けるのです。
厳しい仕事ですし、不断の努力を必要とする立場となりますが、
彼ならきっと、初心を忘れず、熱意を心に持ったままで
これからの時間を積み重ねてくれるのではないかと思っています。

彼のクラスが、笑顔と挑戦の多いクラスになりますように!
彼自身がそういう人でしたから、きっときっと、そういう空間になると思います。

そうそう、彼、夏休みにはファンタジー系の小説を書いていました。
あの夢見る力も、持ち続けてほしいなと思います。


だんだんと、教え子たちが社会人になっていきます。
昔の職場で教えていた人たちは、すでに親になりました。
歳を重ねるというのは、こういう喜びにも会えますね。
私が小学校の高学年の時にお世話になっていた習字の先生とは、
40年近く、賀状のやり取りをしました。

そんなに長く私を覚えていてくれる人がいるかどうかわかりませんが、
教え子たち一人ひとりにとって、
希望を大きく育てていく月日であることを、心から願っています。


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あけましておめでとうござます [つれづれ]

あけましておめでとうございます。
2017年もどうぞ宜しくお願い致します。

今年はどんな年にできるでしょうか。
気持ちはあるのに、どこか蓋をされたような状態だった昨年とは違って、
もう少し動きをとれる一年にしたいと思っています。
そうしたい、と思う気持ちを損なわずに、
この一年を大切に、丁寧に、過ごしていければと思います。

今年も、この教室でしかできないことを続けていけるよう励みます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。


自由の森学園の公開教育研究会に参加してきました [つれづれ]

今年に入ってから、岐阜県と愛知県以外の場所に出かけていないことに気づき、
なんてこった、と愕然としました!(おおげさ)
それで、というわけでもないですが、
19日の土曜日、埼玉県飯能市にある自由の森学園の
公開教育研究会に参加してきました。
以前、教室に来ていた子どもの保護者の方からご紹介いただいて
関心を持っていたのですが、
なにせ岐阜県から埼玉県、そう簡単には足を運べません。
うーーん、行ってみたいけど、と思っているうちに数年経ってしまいました。

そんなことを言っていては一生行けない!と突然奮起し、
授業を見られるこの機会を逃すべきではない!と
始発電車に乗り、4時間近くかけて行ってきました。

いつも思うことですけど、
その場所に身を置く以外にはわからないことって多くあります。
今回も強くそれを感じました。

学園がどんな信念を持って子どもたちを育てているかは、
学園のサイトをご覧になった方が的確にわかるのでここでは書きません。
ですが、日本語(国語)の授業のスタイルは、
僭越ではあるけれど、
私のやっていることと共通しているなぁと思えるものが随所にあって
楽しく感じました。
「わたし」という一人称で語られる文章は、
一人称であるがために、その人の表情やしぐさ、服装等を
それほど客観的には描かれません。
その「描かれていない」話者を、具体的に想像していこうとするところや、
一部分に焦点を絞り、そこから何が読み取れるか
多面的にとらえていこうとするところなど
私が意識してやっていることと似ていると思いました。
(似ているなんて失礼な、と学園の先生方はお思いでしょうが)

特にいいなあと思ったことが2つ。

まず、生徒たちの発言です。
自由の森学園の生徒たちの発言は、
「おもしろかった」「ふしぎだった」などの一言感想ではくくれないもので、
聞いていてわくわくしました。
これをどう見たか、を具体的に述べる人が多かったし
根拠も明確に添えている人も多かった。
発言の始め方も、構えることなくふっと声をあげるような感じで、
この学校が、日本語の授業だけでなく、
全ての学びにおいて、各自の考えを述べる機会を作っていることを感じさせました。
そうでなければ、あれほど自然に、声を出すことはできません。

私の教室でも、手をあげるとか立つとかの儀式なく、
それぞれがそれぞれのタイミングで意見を述べることが普通ですが、
それでもやはり、1週間に1回だけ、1ヶ月に1回だけの授業ですから
ふだんの生活に、どれほどの反映があるかはわかりません。
ですがここでは、一貫した姿勢で、子どもたちの語る力を育てているようなので
その効果はきっと、他とは比べものにならないものだな、と思いました。

もう一つは、子どもも大人も、対等であったこと。
講演会は生徒用、保護者や一般用というように分けられていなくて、
みな区別なく、来た順に好きなところに座る。
こちらへどうぞ、なんてアナウンスは無し。
分科会も、希望する生徒は参加して、
そこに自分のスペースがあることを当たり前としています。
大人の中にまじるとちょっと所在無げにしてしまう、
あるいは、生徒たちだけで固まって、妙にこしょこしょがやがやしている、
なんて光景は見られません。
すごく気持ちが良かった。
自立していて。
ウチの生徒の中で、この学園に来たらきっと
水を得た魚のようになるなぁと思う子が何人かいます。
こういうところもあるんですね。
やっぱり、見に行ってよかったです。

もちろん、学校という集団生活の場所ですから、
全てがいいことばかりではないでしょう。
これほど色の濃い教育をしていたら、
合う子もいれば、合わない子もいる。
意見を求められるのが苦しく感じる人もいる。
私としては、どの人でも、意見を述べることは可能だし
皆、その可能性を信じていいと思うのですが、
他の教育スタイルを「生きるための水」と感じて
力を発揮していく人がいても、不思議ではありません。

ですから、どの人も、
自分が最も輝ける場所を求めて、
足を運んで欲しいと思います。
誰かに選んでもらったり、
誰かのせいにして「ここしかないもん」と決めたりしないで、
その場に立って、その場で生きる自分を想像して、
わくわくとできる場所が見つかるまで、
自分の体を運んで欲しいなぁと思います。

あれ、ちょっと話が逸れましたが、
とにかく私もまた、知らなかったことを知る機会が持てました。
それだけでも収穫。
そして、自分のこれからに思いを巡らす機会となったのも収穫。
小さな試みだけど、続けていこうと、やはり思います。
講演会で、上智大学国際教養学部の中野晃一先生がおっしゃってましたから。
「一人からやる、一人でもやる勇気を持つ」って。
そう、一人でもやるのです。
組織の力はないけれど。






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