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本科でやること ③単科との違い

本科と単科の違いをお伝えします。

大きくは

・一つの課題に数週かけて取り組む→完成度の高いものを目指した取り組みができる。
・作文コンテスト・新聞投稿欄などに応募する→素材探し・構成・作文・推敲・清書に取り組む。単科ではできない「文章構成力をつける」「間違いを正す→自分の悪い癖を知る」機会を作り、読みやすく印象的な文章を書く力をつける。
・固定メンバーでの実施→連帯感が生まれやすい。成長に合わせた課題を計画的に実施できる。
・プレゼンテーションなど、文章以外の表現力を磨く活動も実施できる。
・中学生主体のクラスでは、年に数回、国語の長文読解指導や入試短作文指導も行う。

言葉は毎日使っているものですが、
毎日使うからといって、知らない間に力がついている、
・・・となればいいのですが、そうはいきませんね。
毎日走っていたとしても、
速く、美しいフォームで走れるようにならないのと同じです。
言語能力を伸ばすには、相応の場と働きかけが必要です。
「ふつう」「わからん」「さあ?」
などで終わる会話は、「対話」ではありません。
表現力や思考力が磨かれるような「ことば」ではないのです。

受け手の存在を意識しながら言葉を選ぶこと、
単なる思いつきの披露ではなく、ひらめきを表現という形で示すこと、
月1回でも挑めるよう働きかけに努めていますが、
月1回はやはり月1回。
ああ、ここをもう少し!
ああ、ここで考えを深めることから逃げちゃった!
うーん、自分の言葉に何が足りないか、わかっていないんだなぁ、
そう思うことは、やはりあります。
もちろん逆に、「月1回なのに、よくぞここまで変化した!」と思うことも
よくありますけどね。

せっかくお会いできたのだから、
しっかりと力をつけてもらいたい。
だからどうぞ、私に働きかけの機会をもっとください!
・・・と、思ってしまうのです。
(・・・・・・、名古屋の人、ごめんなさい。本科がなくて)

次回は、上に挙げた最後の項目、
国語の指導について書きます。

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本科でやること ②見える効果 [教室案内]

本科で「読む・聴く・話す・書く・考える」ことをずっと続けてきた人たちに
どういう変化が見られたか、についてお伝えします。

生徒と保護者の皆さまからいただいた声の例です。

・国語や現代文の成績が上がった
・文章を書くのが苦にならなくなった
・作文が評価される機会があった(学校内で、あるいは知事賞・大臣賞等で)
・自信がついて、人前で発表したり、皆を率いる役割を引き受けたりするようになった
・ものごとを深く考えるようになった
・自己肯定感が高まった
・書くことが自分の一部だと感じるようになった

細かく書けばあれこれありますが、集約すれば、上記のようなものになります。
あらら、なんだか少ないな、こんなのたいしたことない? ようにも思えますけど、
私にとっては、一つひとつに大きなドラマがあります。

最初の頃は、うまく言えない・書けないと、
自分がもどかしくて涙をぽろぽろこぼした子が、
コンクールで賞を取ったりいくつかの場で認められたりするうちに
すっかりたくましくなって、
自分の意見作文を誇らしそうに見せたり、
学校で大きな役割を果たすようになったり、
自分がした分析に対して「これでは足りないと思うんだ」と自らダメ出ししたり…。
いつの間にこんな力強さを身につけた?と誇らしくなります。

学校ではいじめられることが度々ある人、
学校に通わないことを決めた人、
同級生や先生に「問題児」と決めつけられている人、
苦手と感じることが他の人より多い人、
逆に点数をやたらと取れる人、
野球が好きで好きでたまらない人、
黙っていても、人をまとめる役を任されてしまう人。
いろんな人がいますし、いました。
この研究室が、心のよりどころ、と言ってくれた人もいました。
そして、みんなが、
自分の道を新たに選んで進み始めたり、
周囲に自分の力を認めさせたりする姿を、
ある程度の時間の後に、見せてくれました。
卑屈になることなく、自分を生きることを知った人たちです。
作文を通すと、そういう力もつきます。
点数が上がったと報告を受けることは多いですけど、
(生徒たちにとっては、点数が上がるというのは素直にうれしいことですものね)
点数しか上げられないところではない、というのが、
私が自分の場を一番うれしく思う点です。


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本科でやること ①学習塾と何が違うか [教室案内]

本科でやる内容についてご案内します。
課題の具体的な内容については、研究室のHPでご紹介しています。
重複となるので、ここでは書きません。
HPでぜひご確認ください。
昔の生徒が書いた作文も数点載せています。

さて、ここでは研究室が学習塾とどう違うのかとその利点について、
案内したいと思います。

1 画一的なプリント学習ではない→やらせっぱなし、待たされっぱなし等がない。
2 少人数クラス(10名まで)で、全員に発言の機会がある。
3 複学年クラス。下の年齢の人は年上を見て着眼点を学び、上の年齢の人は年下の果敢で自由な発想に学ぶ。
4 課題はオリジナル。描写・想像・意見・読解・時事テーマ、ありとあらゆるものを題材にする。
5 精読を行う。文章のテーマ読解はもちろん、ときには助詞の一つ、単語一つにこだわって「なぜそれが用いられたか」を考えたり、論理展開の手法を明らかにしたりする。筋がわかればよい、という「読み」はしない。ましてや答えを一つに決めた読みなどは決してしない。
6 作文には必ずコメントがつく。コメントは、間違いを指摘するものではなく、書かれた内容への返事のようなもの。その人の「少し先」に導くためのコメントでもある。単なる誉め言葉や励ましにはとどまらない。
7 添削指導のように「顔の見えない先生」ではなく、目の前にいるこの人に伝える、という意欲を作る。
8 答えが一つに定まらないことに挑む機会を多く持つ。視野を広げ柔軟な思考力を養う。
9 成果ではなく経過を見て成長を促す。
10 子供扱いをしない。人間として遇する。

子どもたちはみな、とても素晴らしい適応力を持っています。
扱われ方で、話しかけられ方で、自分の姿勢を決めます。
「~しなさい」「~してはいけない」などの指示的な声掛けが多ければ、
「どのような姿勢でいるべきか」を自分では考えないようになります。
「言われたときに正せばいい」といった態度になります。
また、「すごいねー!」「がんばったねー!」という、同じパターンの誉め言葉ばかりだと
うれしいのは最初だけで、徐々に相手の反応に対する関心がなくなっていきます。
言葉と姿勢が、人を作ります。
だから研究室ではあまりルールがありません。
言われなくても考えれば「すべき・してはいけない」ことはわかるよね、
わかっていかねばならないよね、という態度を一貫して示すことで
子どもたちも「子ども」から「人」になっていきます。
甘やかしてはいません。
むしろ、厳しい姿勢だと思います。

導入の際の言葉も、「子どもにわかる言い方」だけを用いることはありません。
本を読まない子にも、書き言葉を「聴いて」習得してもらいたいので
書き言葉や熟語をどんどん用います。
子どもたちは、とても感度がいいので、
用いられている言葉と同じ種類の言葉で自分も語ろうとします。
扱い方と用いる言葉で、人は変わるのです。
点数が取れる子もそうでない子も、等しく「変わり」ます。
そして、子どもたち同士も、点数で人を評価しないで尊重する姿勢を見せていきます。
そこも、点数で競争させる学習塾とは大きく違います。
多義的な社会で必要となる「自分も他者も認める」姿勢の基礎も、
この場では築いていきます。


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H30年度岐阜本科生募集 [お知らせ]

平成30年度 岐阜本科生募集のお知らせ

平成30年度の本科生を募集します。
本科は、岐阜の本部研究室にて
「読む・聴く・話す・書く・考える」全ての表現活動に毎週取り組むクラスです。
水・木・金曜日の夕方
5時(または5時半)からの主に小学生対象クラスと、
7時(または6時半)から始まる中学生(金曜は高校生)対象のクラスがあります。
定員は各クラス10名。月4回で受講料は11,000円です。

さて。
月1万円以上の受講料で、しかも毎週作文?だけ?
いったいどんなことをするのか?
と思われる方もいらっしゃるでしょう。
これから数回に分けて、本科の内容についてご案内します。
関心をお持ちの方、ぜひご一読ください。


一つ、最初に申し上げておきたいことがあります。
当研究室は学習塾ではない、ということです。
点数を上げることを目的にした塾ではありません。
作文と作文に関わるあらゆる活動に取り組むことで、
副産物的に、国語やその他の教科の点数が上がることは当然よくあることですが
(意図をつかむ力・適切に書く力などの言葉の力がつきますので)
点数を上げるためのノウハウを伝える場所ではありませんし、
点数だけで人を評価する場所でもありません。

「ものを書く」ことを通じて、
「今」だけでなく、「この先」にも必要となる、
考える力、表現する力を、大人子どもの別なく磨く場です。
手間と時間のかかる指導です。
学校や学習塾ではしたくてもなかなかやれないことを、ここではやります。
プリント学習のような画一的な指導はしていません。
私と、ここに来てくれる子どもたちとの間でしかできないことをします。
唯一無二の時間です。
本来、言葉とか教育とかは、そういった性格を持つものです。
「学習塾っぽくないところを探していた!」と思われたかた、ぜひここにおいでください。


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描写力の低下にどう取り組むか [課題―描写]

今週は、先週の俳句でも意識した「描写」に焦点を合わせた課題を実施しています。
自分が見た風景を、あるいは感じた皮膚の感覚を、
読み手がそのまま「見る・感じる」ことができるように書く、というのは
かなり難しいことです。
まず、自分が周囲をよく見て(感じて)いないといけませんし、
「それを他人は全く共有できない」ことを前提として、
「感じさせる・悟らせる」言葉を選んで書かないといけないからです。
この2つのことを意識して文章を書ける人はまれです。
小学生の頃から「生活文」を書く機会が多いのに、
人・時・場の描写にどれだけの言葉を費やさねばならないのか、皆知りません。
求められる機会がないからその感覚を発達させていない、とも言えます。

ですから研究室では、「表現の研究」の一環として、
描写のレッスン課題を多く用意しています。
見た直後に言葉で様子を再現するような「実況中継」課題、
30秒ほど私の動きを観察して文章化する課題、
5分ほど部屋の外に出て、周囲と皆の様子を観察しながら散歩し、部屋に戻って書く課題、
家から研究室までの道を書く課題、
今朝の食事風景を書く課題、
今日の学校の掃除時間(給食時間・休み時間)を書く課題、
学校から家までの道を書く課題
・・・
まあ、いろいろとあります。
長くても30分くらいのことを、
人の様子(服装、しぐさ、表情、声 etc)
時の様子(暑さ寒さ、空の様子、光の角度、周囲のざわめきetc)
場の様子(広さ、配置とその物の様子、壁や床の色と質感、光、風、音 etc)
を見せるように描きます。
机を登場させたら、次に移らず机の大きさや色や傷や触り心地を表す文を
続けて1、2文は書く、
場を移ったら”一時停止”、何も行動を起こさないで
その場の広さや狭さ、暗さと音の響き、におい、吹く風などを表す文を2、3文…。

これらに「わざと」取り組んでもらいます。
「わざと」やろうとしなければ、決して文章には入らない描写だからです。
小・中学生のほとんどは、ものごとを主観で書きます。
自分がどう感じたかが文章のメインで、
心のつぶやきと「つめたい」「たのしい」と一言感想に終始します。
それでいい、と思っているからです。
それではほとんど伝わらないことを知りませんし、
そもそも求められたこともないので、やろうとはしないのです。

だから、「わざと」やって、と求めます。
5分ほど外に出る課題でも、
30秒間私の動きを観察して書く課題でも、
「全部を書ききらなくていい」と先に言っておきます。
時間内に全て書ききるような書き方では今日はだめ、
3枚書いても、「まだドアを開けて階段を降り始めたところ」くらいなのがいい、と言います。
そのくらい「留まって見せつくしていく」ことに挑んでもらいます。

かなり前にも書いた記憶がありますが、
子どもたちの作文から場の様子が消えました。
土のにおいも、生き物の影も、何もない文章が増えています。
毎日通る道なのに、自分のすることは思い出せても、
何が・どのようにあり、変化がみられるのかまで描くことがありません。

子どもたちが自分に容れていくことが減っています。
運動場の様子さえわからない文章も多いのです。
子どもたちが視界に入れていることは、大人が思うよりも狭く少なくなってきています。
本好きな人は描写もうまいですが、
「本当に自分が見た、たった一つしかない運動場」を言葉で置き換えたものではなく、
「どこかで読んだような、よくあるタイプの運動場」の描写になることも、最近増えました。

どうすればいいのか、といつも思います。
見ているようで見ていないのをどうするか、
見たものを言葉に置き換えることを、実際に「できる」ようにするためにはどうするといいのか、
課題は多くあります。
描写が手薄いということは、表現の幅が狭い・観察力が磨かれていない ことの現れでもありますから、
看過できないと私は考えています。

書くことの前に、「見ること・感じること」。
そしてそれを、
自分の言葉が読み手の目となりその他の感覚器官となって
人・時・場を捉えさせているのだ、という意識をもって言葉に置き換えること。
一足飛びに身につくことではありません。
何度も何度も働きかけて、その子が「意識してやれた」ときに、
間髪入れずに「これでいい! こういう効果が出ているよ!」と伝えること、
今のところずっと続けてきた手法を守っていくほかありません。
お互いにシンドイですけど、その人が本当に「選んだ」表現に出合えた時、
その人の持つ変化の可能性の大きさにいつも心打たれます。

もし、このブログをお読みの方の中に、
作文指導に関心をお持ちの人がいらしたら。
ぜひぜひ、描写にはこだわってみてください。
上に挙げた課題もやってみてください。
課題のネタは、いくらでも思いつけます。
それに、私が思いつくことは、他の人も思いつくことです。
ですから、課題自体に「私のものだからマネしないで!」とは思いません。
作文指導は、受け手である指導者が「どのようであるか」が肝心です。
これは恐ろしいことなんですが、言語指導はやはり「人のありよう」で変わります。
研鑽を怠ってはならない、と…今、書いていて、ああ、ほんとに思いました。

私が出会える子どもたちにとって、私はよき「読み手」であるように…という意識は、
絶対に手放さないでいようと思います。

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2018年、最初は俳句で! [課題―詩・俳句・その他]

2018年の本科、今週から始まりました!
どの課題から始めようかとあれこれ考えたのですが、
数年ぶりに「俳句」からのスタートにしました。
前の教室のころは、12月最後の課題を詩、1月の最初を俳句と決めていました。
俳句は廊下に張り出し、どの句がよいか、好きな句に1票を投じる…
ようなこともしていたのです。
貸し教室を使うようになってからは、掲示するところがないのでやめていましたが、
新しく場を設けて、掲示スペースもしっかり作りましたから、
今年は久しぶりの俳句つくりに取り組みました。

それと。
俳句で始めたくなったのには、もう一つ理由があります。
「言葉を選ぶ」ことに、意識を向ける一年にしてほしい、という思いがあったからです。
17音しか用いられない俳句は、
ことばを選び抜かないと、場景が全く見えないような、説明的な句になります。

俳句は写生。
その瞬間を言葉で写し取ります。
狭いフレームの中に何を大きく置くかを決め、
伝えたい印象をどの「形あるもの」に代弁させるかと考える…。
そういったことを意識して取り組んでもらいたいと思いました。
なぜなら、それらは「表現」には欠かせないものであると思うからです。

中1男子の句。
部屋から見た初日の出を句にしようと考えました。

年が明け 窓に近づき 日に拝む

5・7・5であるから、これでいいと言えばいいですよね。
でも、中心にしたいことが、初日なのか、拝む自分なのかはわかりません。
拝んだ初日は、どこにどのように見えたのか、それもわかりません。
本人以外の人は、彼が見た初日を心に描くことはできないのです。

そこで彼に、主役にしたいのはどっちか、と尋ねました。それと、
「ねえ、初日はどこにあったの? 窓から見える景色ってどんな?
公園が見えるの? その上? それとも、電柱の先っぽにあったとか? 
隣のうちの屋根の上にぽっとあったのかな?」
「う~ん、ビルの上。」
「ビルの上? すぐ上? 離れたところ? 空はどんな?」
と、いうように、彼が見た初日の形を、はっきりと思い出せるような問いかけをしてみました。
「ビルにちょっと隠れてて、真ん丸じゃなかった」
と言うので、その形を言葉にしてよ、とリクエスト。こうなりました。

ビル近く 今年の初見 欠け日の出

「欠け日の出」という造語がちょっと面白い。
男の子ならではの選択です。
こういうのはぜひ残したい。彼なりの色ですからね。
でも、真ん中の7音がどうももったいない。
「今年の初見」? 味わい深くない表現です。

他にないかと尋ね、場を感じさせるものはないか、光はどんな、とか、
いろいろ話しているうちに、
「初見」という言葉を”開く”のはどうかと思いました。
簡単に言えば、漢語を和語に置き換えます。
和語のほうが、動きが見えるからです。
「ねえ、『どう』見たの? どんなしぐさで? カーテンの隙間から? 大きく目を見開いて?」
「うーーーーん。目を細めた。細くして見た」
「じゃあ、それ使ってみよう。
『ビル近く ほそめて・・・ 欠け日の出』細めて…、あと何伝える?」

仕上がりの句は

ビル近く 細めてながめる 欠け日の出

入賞する句かどうか、と言われれば、もうひとひねり必要かもしれません。
これだと、「ビルの近くで欠けた日の出を見た」とも取れます。
そういう誤解を避けるようにまた言葉を選び直さねばならないのでしょうが、
残念ながら終了時刻になりました。

でも、私はこの句には大きな意義があると思います。
一度作ったものを「手直し」することは、小中学生にとってはかなり難しいことです。
せっかく作ったもの、「これで終わり!」と思ったものを
また考え直すのは、うんざりすることなのです。
「もっとよくするためには何をしたらよいか」と考えること、
実際に試行錯誤すること、
そして手直しして「前よりよいものにできた」と感じること、
全てが得難い体験で、「表現」に挑み続ける体力(耐力)をつけるものです。

本科生だからこそ、できることです。
単科ではこういった課題は実施しにくいというのが正直なところ。
月に1回しかありませんから、生徒もこちらも「粘る」大変さに負けてしまいます。
久しぶりに俳句に取り組んでもらって、
本科生の粘りに心底感心しました。
1年2年と毎週書き続ける彼らは、やはり「考え続ける」力を持ちます。


さて、別の子。中3男子。受験のために冬期講習づくしの年末年始だったそうです。
その印象しかない、というのでこんな句を作りました。

学ぶため 冬の牢屋に また戻り

あーーーーー、気持ちはわかるけどね、
これだとやっぱり何も見えない。しかも「冬の牢屋」という比喩が、彼以外の人でも使いそう。
「ね、すっごい勉強頑張ったんでしょ? 頑張ったその努力がさ、ここに出てるなぁって思う『形あるモノ』っていったら、何? テキストとか? 端が折れてたり開き癖がついてたりして、それが『やりきった』って思うものになってない?」
「いや、ワークはきれい。汚れてない」
「うーん、じゃあ、他には? シャーペン? かばん? 机の落書き? 何かさ、自分が『ここまでやったんだぞ!』って言えるようなモノがないのかなあ」
しばらく考えたのち、彼。
「強いて言えば、消しカスですかね。」
「おっ、いいじゃん! 消しゴムのカス、どうなってる? 机の上に散らばってる? はしっこに山にする子もいるよね。丸めて練り消しにする子もいるし。机からはたき落とす子も。君はどうするの?」
「いや、僕の場合は挟まってるのがありますね」
「ノートとかワークに? いいじゃーん、それを写生して!」
で、できたのが、

挟まった 学びの跡を くずかごへ

!!!!!!!
「形あるモノを入れてって言ったじゃーん! これじゃあ、何を捨てたかわかんないよ! 消しゴムのカスって、入れないの?」
「えーっ、そこまで具体的な名前を入れちゃっていいもんなんですか?」
「消しカスが君の努力を代弁してるんでしょ、それに語らせるんでしょ! 気持ちは他のもので語らせる、それがプロがよくやる手法だったよね。しようよ!」
それで、

挟まった 消しゴムのカス 学びの跡

となりました。
「でも、これだと『だから何?』って感じがする」
と彼、つぶやきます。
そう言いながら、講座の初めに、過去の教室生の句を例として読み上げたとき、
「なんかパッと様子が浮かんでくるのがいいです!」
と勢い込んで言ったのも彼です。
こういうアンバランスさも、若い人たちとやる楽しさです。
わかるからできる、ということではありませんね。
やってみて、誰かに伝えてみて、どういう感じを受け取ってもらえるのかを確かめる。
それが皆の引き出しを増やすためのことでもあると思います。
ちなみにこの中3男子は、
他の子が自分の句を「いいと思う」と評価してくれるのに
首を傾げつつ、ちょっとだけ、口元がゆるんでました。

たった一句を作るためにすべての時間を使い切った人も多かったですが、
全員「ありがとうございましたー、また来週!」と
大きな声で帰っていきました。

うれしいうれしい、初講座でした。

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2017年 総括 [つれづれ]

今年もとうとう最後の日となりました。
今年は本当にいろんなことがあった一年になりました。
多くの方に出会い、
多くの方と再会し、
多くの方に助力いただいた一年でした。


1月半ば このままでは発展がない! と思い、突然物件を探し始める。
 物件を見た初日、「ここだ!」と思うところに出合い、その場で決める。
2月 日頃からお世話になっているかたから、H・Tインテリアオフィスの松本博子さんを紹介いただく。内装をお願いする。
3月 松本さんからプランの提示。考え抜かれたプランだと感じて、そのままお願いする。
4月 鍵受け渡し。内装工事の着工。月末には完成。
5月 内覧会とこけら落とし講座。
6月 新研究室での本科稼働。
7・8月 夏季講座
(8月下旬 右目の手術。1週間の入院)
9月 2学期開始。岐阜・名古屋の単科、満席の月が続く。
9~11月 大学推薦入試の個別指導本格化
12月 2学期終了。



と、いうような一年でした。
去年の大みそかには、想像もしていなかった一年後を迎えることになりました。
この一年の中で起きたことは、
突然起きたこと、ではない、というのが嬉しい点です。
これまでしてきたことが、ずっとつながって「今」を生み出してくれた、という思いがあります。
もちろん、まだまだ努力が足りないことは多くありますし
同年代の友人を見ても、私は何も成しえていない、と感じます。
ですから、来年は、
この場を得たことでできるようになるかもしれない、と思ういくつかのことを
「思う」だけでなく、行動に移していく一年にしたいと思っています。
10年後、今と同じようにまた、
これまでのことがあったから得られたのだ、と思える日を作れるように
来年はまた「はじめの一歩」を踏み出したいと思います。


研究室の活動に関心を持ってくださる皆様、
仕事上でも、プライベートの面でも、「宇野」という存在を受け入れてくれている人たち、
皆さまのおかげで、今があると思います。
人に誇れるような過去はありません。今も同じ、輝かしい成果や肩書もありません。
それでもなんとかやってこれたのは、
このブログを読んでくださる皆様がいてくださったからです。


誠にありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
そして、明日から始まる新しい年も、
なんとかよいものにしていけるよう、あがき続けますので、
どうぞ来年もよろしくお願い申し上げます。
 

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GIFU LABO さんから取材を受けました [お知らせ]

岐阜の元気ある会社を紹介する、「GIFU LABO]さん。
少し前に、取材を受けていました。
ちゃっちゃっと研究室の概要だけ聞いて、
それでまたちゃっちゃっと記事を書くようなものかな、と思っていたら
(無料で載せる、というところは、そういうところが多いですね)
ずいぶん細かく、長ーーーい時間をかけて、話を聞いてくれました。

そして、記事もやっぱり丁寧に、
印象良く書きあげてくれました。
私の言葉そのままではないところもありますが、
伝えたかったことは伝わっていたんだな、と感じる内容でした。
ありがたいばかり!
私ではない人が語ってくれた、研究室のこと。
違う側面が見えるかも?
ご一読いただけると幸いです。


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花まるをもらえた講座 [教室]

12月3日は名古屋単科でした。
作文課題は、自分を含めた家族の姿。
説明するのではなく、場面で「家族」を見せてね、と伝えました。
「ドラマ」で書くつもりでね、と。
読解・意見文課題は、「0」の読解。
かなり昔に実施した課題です。先月の岐阜単科でやってみたら、
非常に面白い見解を皆が出してくれたので、
名古屋の子たちはどう言うのかな? と行いました。

月1回でも、続けてくれると文章が変わります。
作文課題で印象的だったのは、双子の作文。
教室まで電車で来てくれたのですが、
電車の窓から見える景色が、びゅんびゅんと流れていくさまを
それぞれの感覚で、見えるように書いてくれました。
二人とも同じ「車内の様子」をドラマ化したのに、
主におくものも描き方も違っていて、
二人の「得意」の違いが生かされた作品になっていました。

読解・意見文では、「0」が何を表すのかをまずは討論。
0は、「ない」ということだけではなく、基準や区切りでもあること、
「ない」ものはあるのか? ということ、
そもそも「ない」って、どういうことなのか? ということ、
人はなぜ基準を設けたがるのか、ということ。
メンバーが違うと討論の展開も違います。
岐阜とはまた違う論戦になりました。

「じゃあ、それぞれの『0』の意味するものを書いてみて」
と、原稿用紙を渡したら、
すごいですねぇ、皆黙々と書くのです。
あたりまえですが、教室での作文は、「討論のまとめ」をするものではありません。
討論で出たことをふまえて、新たな展開に挑んでほしいと伝えてあります。
だから、私のテキトーなホワイトボードのメモ書きを見て写す人はいません。
(そもそも私のメモは断片的で、そのままでは使えません)
皆、自分の中にあるものと対話するかのように考え、書き進めています。
そのさまは、少し異様でもあり見事でもあり。
この人たちは、なんてすごい力を持っているんだろう、と思って見ていました。

案の定、どの人の作文も読みごたえがありました。
ある中学生の作文が、丁寧に論を深めていくものだったので感心していたら
「この一年で一番頑張った」と、
少し照れ臭そうに、少し誇らしげに、伝えてくれました。
今年最後の単科だったから、一番いいものにしたかったようです。
彼女のその気持ちがうれしくて、
ああもうなんか、ほんとうにありがとう! という気持ちになりました。

他にも、この一年の中で、いい変化を見せてくれた人がたくさんいます。
作文がすきではなくて、ほめられた言葉をいつも使っていた人は、
講座に来るようになってから、成績が上がった!と言い、
用いる言葉も表現もうんと幅が広がりました。
ささっと仕上げるのが常だった人は、
少し立ち止まって、自分の「ほんとう」を入れ込むことをし始めました。
もともと語ることも考えることも好きだった人は、
毎回「今までとは違うものを」と意識して、
深く切り込んだり逆の考え方を試したりしてくれました。

私の講座は、自分だけでは進んでいけないものだと強く感じました。
皆の挑戦があってこそ、こうやって続けていけるし、
続けてもらえるんだと思います。
今年も単科にご参加いただきありがとうございました。
今度の日曜は岐阜の単科です。
こちらでも、皆の挑戦を後押しできることをしたいと思います。

ところで!
講座が終わって、「また来年!」と言って帰った生徒の一人が、
すぐに教室に引き返してきました。
「先生、月がすごくきれいです! 見て帰ってください!!」
一歩外に出て、大きな満月が目に入って、その美しさと見事さに
「共有しなくちゃ!」と思ったんだそうです。
こういう生徒がいること、私に花まるがもらえたようで、本当にうれしい。
私が皆につける花まるよりも大きな花まるを、私は皆からもらっています。


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単科について お知らせ [お知らせ]

いつも講座にご参加いただきありがとうございます。

単科についてのご連絡です。

名古屋・岐阜ともに、いつもたくさんのお申し込みをいただき、
誠にありがとうございます。
毎月参加を希望してくださる方も増え、
満席となる月が続くようになりました。
お申し込みをお断りしてしまったこともあります。
働きかけの時間を、と望んでくださったのに、
本当に本当に申し訳ありません。

できればこの状況を改善したいと思っています。
そこでとりあえず岐阜の本研究室では、
月1回の単科を、2回に増やしてみることにしました。
名古屋の方は、貸し教室を利用しているので
簡単には増やせません。
それで定員を10名から、以前の12~13名に戻すことにしました。
コメントをつけるのに時間を要すようになりますので
名古屋の場合は、90分授業を105~120分にさせていただきたいと思います。

終了時刻が遅くなります。
早めにお帰りになりたい場合は、
その旨お知らせください。
先に作文を見たり、郵送にて返却したりなどの対応をとらせていただきます。

今やことばの表現力の重要性は高まるばかりです。
それにお気づきのかたが、研究室の活動を望んでくださることに
深く感謝申し上げます。

なるだけ機会を持っていただけるよう、
これからも工夫してまいります。

今後もことばの泉 作文研究室をどうぞよろしくお願いいたします。


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